シリコンバレー転職騒動

vol.5 ビザ関連の話 (Bioベンチャー 9-10月号掲載)

 

H1-Bビザ

外国で働く場合,避けて通れないのがビザの問題である.現在日本のパスポートをもっている人は,ビザを取らなくても最大90日間,アメリカを旅行できる.これは日米間にvisa waiver programというビザ免除システムがあるからだ.しかし旅行なら自由にできる日本人でも,いざ働いて収入を得ようと思ったら,適切なビザを取得しなければならない.ここでは参考までに私のケースについて述べるが,読者の皆さんがビザを必要とする場合は必ず専門家に相談していただきたい.

アメリカ企業で働こう!という場合の多くはH1-Bというビザを取得することになる.専門職ビザとも言われるこのH1-B,実は自分で申請するビザではない.ある会社が外国人を採用する際に,その会社すなわち雇用主が申請するのだ.自分が起こした会社に自分のビザをサポートさせるといったワザもあるらしいが,基本的にはビザを取得する前に,あなたを雇ってくれる会社を見つけなければならないのである.

アメリカ企業への就職に際しては,私も雇用主経由でこのH1-Bというビザを取得した.しかしこのビザには不便な点がいくつかある.1つはビザの年間発給枠が限られていること.90年代後半のITバブルに伴う人材不足を補うため徐々に発給枠が増やされ,2001年度から2003年度までの3年間は年間195,000件となった.ところが2004年度からはもとの65,000件に戻された.年度は前年10月に始まるので,2003年の10月以降は年間65,000件.年度内にこの上限に達すると,次の10月になるまで新たなビザが発行されない.実際今年度の申請は2月の時点ですでに発給枠を超え,10月まで待つ状態になってしまった.2つ目は,一度そのビザで働き出したら,原則として業種や職種を変えることができないことである.会社を移ることは可能なのだが,同じ種類の仕事である必要がある.つまり医薬品の合成研究なら次の会社でも医薬品の合成研究をしなければならない.3つ目は一番大きな問題で,このビザには有効期間が3年間しかなく,一度だけ3年間の延長が可能なのだが,その後は原則として延長ができないことだ.期限がきたらアメリカを出国しなければならない.その解決策となるのが永住権,いわゆるグリーンカードの取得なのである.

 

グリーンカード

ときどき米国の永住権(グリーンカード)と市民権を混同している人がいるが,永住権というのは移民ビザとも呼ばれ,あくまでもビザである.つまり外国人ということだ.普通にはあまり起こりそうなことではないが,可能性としては永住権保持者といえども国外退去を命じられる場合もあり得るらしい.一方市民権を取得するということはアメリカ国籍を取得するということで,国外退去の可能性はほとんどなくなる.同時に選挙権が得られたり,裁判の陪審員として召還されたりすることもある.もう1つの違いは,永住権を取得すると,配偶者と21歳以下の子供も同時に取得できるが,親や兄弟は取得することができない.しかし市民権を得ると,その家族として親や兄弟に対する永住権のスポンサーになることができるという点がある.雇用を通じて申請した場合は,永住権取得後5年以上経つと,市民権を申請する権利が得られる.

このグリーンカード,一度取得すれば基本的に好きなだけアメリカに滞在し,好きな仕事をすることができる.H1-Bのような制限は一切ない.それだけにその取得は必ずしも容易ではない.グリーンカードの取得方法にはいろいろな種類があるのだが,私は雇用を通じて申請する方法を選んだ.これが一番簡単で早そうだったからだ.

雇用を通じて申請する場合でも,さらにいくつかの種類がある.私の場合は,EB1-BまたはOutstanding Researcher/Professorと呼ばれるカテゴリーでいくことになった.このカテゴリーは,研究実績を示すパブリケーションがあるかとか,それらが他の研究者によって引用されているかといった6つの項目のうち,少なくとも2つに当てはまる必要があるというのが基準である.実際にどれくらいの数の論文があればいいかとか,どこで何回引用されていればいいかといった具体的な基準はなく,Ph.D.も別に必須ではないようだ.名前の上では大学教授と同等というカテゴリーに見えるが,実際問題としてバイオ系研究者の多くはこれで取っているらしい.このカテゴリーのメリットは,求人広告を出してそのポジションに適当なアメリカ人がいないかどうか3カ月待つという,通常最初に必要となるステップをスキップできることだ.この方法による永住権申請の第一段階は,U.S. Citizenship and Immigration ServiceU.S. CIS)という所(以前の移民帰化局:INS)に,数々のサポート種類と共にI-140という書類を提出することなのだが,私の場合これは比較的簡単に許可が下りた.しかしまだ完了ではない.この後健康診断と必要な予防接種を受けてから,I-485という書類を提出するAdjustment of Statusと呼ばれる段階に進む.その後指紋の登録があり,何も問題がなければさらに待つこと数年でようやくグリーンカード取得となる予定なのだが,現在この段階で非常に時間がかかっているのが実情だ.

何も問題がなければと書いたが,問題がある場合というのは,例えば申請中に何らかの理由で雇用が切れたり,転職したりした場合である.米国の移民法というのは毎年のように変更があり,移民手続き中の人は,弁護士でなくても常にある程度新しい情報を把握しておく必要がある.現行法では先のI-485という書類を提出してから180日以上経過していれば,類似の仕事ならば職場を変更してもよいということになっている.それ以前に職場を変えた場合は,厳密に言うと申請自体がおじゃんになる可能性がある.リスクがあるなら180日が過ぎるまで転職しなければいいと思われるだろうが,時として必然的にそうせざるを得ないこともあるのだ.

私の場合がまさにこれに当てはまった.I-485という書類を提出したのが2002年の12月なので,確実にグリーンカードを受け取るには,そこから180日後の2003年6月まで同じ会社で働いていないとまずい.1月にレイオフの宣告を受けた時,真っ先に頭に浮かんだのがこのことだったのである.その後雇用終了日は5月まで延期されたが,それでもまだ1カ月程足りない.ところがその後の展開により,さらに雇用延長の可能性が出てきたのだ.つまりうまくいけばI485申請から6カ月後までその職場にいられる可能性が出てきた.しかしそうなると,新しい職場であるAnacor社でのスタートがそれだけ遅れることになる.

 

EAD

当初Anacor社としては,少しでも早く私にスタートさせようとした.採用側としては当然である.そのために会社は,サインオンボーナスというものを提示することが多い.何月何日までに入社してくれればある程度の一時金を払いますというものだ.実際,現在のH1Bビザのトランスファーを申請すればすぐにでも新しい職場で働き始められるのだが,そうなるともう少しで取れそうなグリーンカードがパーになる可能性がある.ならないかも知れないが,なるかも知れない.専門家をもってしてもはっきりと断言できないのが,移民法関連案件の悩ましいところである.採用側としても,私が現在進行中の申請でグリーンカードを取得してくれればありがたい.前述のようにH1-Bビザには期限があるからだ.そしてグリーンカードの申請を最初からやり直すのは大変な手間と時間と費用がかかり,リスクもある.もちろん6月以前に現在の会社から解雇されてしまえば選択の余地はなくなり,H1Bを申請し直して新しい会社で働き始めるしかない.しかしそこでの私の雇用が5月以降も続く可能性が高くなってきて,話が変わった.ここは「基本的に何でも交渉次第」の国である.浮上してきた案は,Anacor社でパートタイムの仕事からスタートすることである.要するに仕事の掛け持ちである.個人を尊重するアメリカでは会社員といえどもこれが可能な場合が多く,実際複数の肩書きを持つ人は多い.

しかしH1-Bビザは,スポンサーである雇用主以外から収入を得ることを認めていない.要するに掛け持ちはできない.私がこれをするためには,EADEmployment Authorization Document)というものを取得する必要がある.先のI-485をファイルした時に,念のためこのEADの申請も同時にしておいたのだが,これについては,申請後90日を過ぎれば取得できることになっている.通常1年間有効な(更新も可能)このEADというものを手にすると,とりあえず好きな仕事ができるようになる.グリーンカードと似ているように聞こえるが,全く別物である.このあたりかなりややこしいのだが,この後のグリーンカード取得を保証してくれるものではないのだ.しかしともかくEADを取得すれば,2つの会社で働くことも可能になるのである.そのためにはもちろん,現在の雇用主からも同意を得る必要がある.またもや交渉である.しかも個人的には非常に重要な問題だ.

ところでこのEAD,待っていればいずれ送付されてくるはずなのだが,いつになるかわからない.そこで移民局のオフィスへ出向いて窓口で受け取ることも可能なのだが,これがとんでもないシステムらしい.あらかじめ予約を入れることができないため,早い人は何と午前3時頃から並ぶというのだ.そして1日の処理数が限られているので,朝のうちにその日の分が締め切られてしまうことがあるという.したがってできるだけ朝早く行って下さいというのが,移民弁護士からのアドバイス.驚くほど効率がいいことがあるかと思えば,アメリカにはこのように信じがたい非効率も存在している.(その後オンラインでアポイントメントが取れるようになった)

 

57日 打ち合わせ

夕方Anacor社のオフィスにて人事担当者と落ち合い,今後の予定を協議.できるだけ早く仕事をスタートして欲しいという会社の希望は変わらず.当面のパートタイム(コンサルティングと呼ぶ)と,その後のフルタイムそれぞれのオファーレターを作成するという.

 

59日 無料法律相談

ややこしくなってきたので第三者のアドバイスを得るべく,日系の法律事務所に電話して日本語で相談する.たいていの場合,初回の法律相談は無料である.ここでの助言を元にAnacor社の方に相談したところ,人事と顧問弁護士と私の3-way電話会談となった.ともかくシリコンバレーの会社の人事担当者は移民問題に慣れており,少なくともその重要性をよく理解して相談に乗ってくれるので助かる.

 

64日 他社へのコンサルティングも

結局私の希望通り,現在の雇用は6月まで延長ということで合意.これでグリーンカードはかなり確実になるはずだ.Anacor社にもいろいろ譲歩してもらっているので,やはりここはEADを使ってパートタイムのコンサルテーションを開始すべきか.

オファーをアクセプトする前の最後のお願いとして,他の会社に対するコンサルティング業務を容認してもらう.このとき実際に2社ほど予定があったためだ.あくまで個人を重視するアメリカではこんなことも可能なのである.当然ながらそれぞれの会社間で利益の相反がないことが前提になる.またこういった交渉は必ずオファーレターにサインする前に行い,必要な項目はレターに書き加えてもらうことが重要だ.人事担当者は,双方が納得するまで何度でもレターを書き直してくれる.その点で遠慮は無用である.

 

66日 仮EAD取得

朝5時,まだ暗い中サンノゼのU.S. CISオフィスに到着.すでに10数人並んでいる.ある程度は着込んできたが,やはり3月の早朝は寒い.前の方の人は用意よろしく毛布にくるまったりしている.とりあえず持参したおにぎりを食べる.日の出は6時過ぎなので,暇つぶしに持ってきた本も読めないことに気がついた.ひたすら待つ.6時前になって列が40人ほどに伸びた時,ワゴン車を改造した移動式のスナックスタンドがやって来た.毎朝のことなのだろう.確かにここには需要がある.暖かいコーヒーなどを買う人がいる.

7時前.人の列はざっと数えて80人程になった.並んでいるのはほぼ全員外国人のはずだ.拳銃を腰に下げた警備員2名が大きな星条旗をもってきた.全員に起立を求める.建物前のポールに旗を掲揚し,敬礼して去っていった.このオフィスは朝7時にオープンする.再度警備員が出て来て,セキュリティについて大声で説明.危険物,飲食物,尖った物などは持ち込み禁止とのこと.入り口では,空港と同じような金属探知機とX線検査機のようなものがあり,ベルトをはずし,靴も脱いで機械の中を通すことを求められる.

私の目的は,interim EADと呼ばれる,仮のEADを受け取ることである.受付で16番の整理番号を受け取る.16人目だったということか.オフィス内には10以上の窓口が並び,待合席が100以上ある.日本の銀行のフロアにやや近い.違うのは,窓口のこちら側と向こう側が分厚いアクリル板で仕切られていることか.用紙に必要事項を記入して待っていると,1時間ほどで私の番号を呼ばれた.パスポートとビザ,運転免許証(住所の証明として)などを確認されたが,幸い持参した必要書類に不備がなかったので,手続きは意外とスムーズに進んだ.会計窓口に処理済の書類を出せば,バックグラウンドチェック後写真撮影の窓口に呼ばれるので,座って待ちなさいというようなことを言われたのだが,実は前半部分がよく理解できていなかった.ただ待っていればいいのだと思い,そのまま待合席に戻って待った.外で並んでいた時に自分の直前にいた中国系の男性も同じ目的で来たと言っていたが,彼が写真のブースに呼ばれてからしばらくしても自分が呼ばれないので,何かおかしいと気がついた.そういえば書類をcasherに出せみたいなことを言われたような気がすると思い窓口へ行ってみると,こちらが何も言わないうちにさっと書類を引き取られ,名前を呼ばれるまで座って待ちなさいとのこと.やっぱりそうだったのだ.

ほどなくして名前が呼ばれ,写真を撮影され,右手人差し指の指紋を採られ,署名を求められた.するとその後数分で運転免許証に似たようなカードができ上がり,これを受け取って完了である.9時45分だった.指示を理解できずにロスした時間が1時間ほどあるので,ちゃんとやっていれば9時前には完了していたはずだ.もともと1日がかりになるかも知れないと脅かされていたので,意外と早く済んでラッキーな気分.この後通常よりやや遅れて出社したが,朝4時起床だったため眠い1日となった.

 

67日 レターにサイン

しばらく前からそれとなく打診はしていたのだが,4月から退職予定の6月まで約2カ月間,Anacor社に対するコンサルティング(パートタイム)業務を,現在の雇用主であるGeron社にも認めてもらうべく相談.私の状況はよく理解してもらっており,幸い問題なく許可を得ることができた.このあたり,日本ではちょっと考えにくいかも知れない.

昨日取得したEADを持って,夕方Anacor社へ向かう.4月からスタートするコンサルティングと,6月スタートのフルタイムジョブとの2通のオファーレターにサインした.

(第6回「新たなスタート」に続く)

 

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