シリコンバレー転職騒動

Vol.4 待望のオファー(Bioベンチャー 7-8月号掲載)

 

14日 初の予備面接

活動開始から2週間後にあたるこの日,初めての予備面接に向かったのは,Santa Claraという町にあるD社.ここは株式未公開のスタートアップで社員は70名ほど.ユニークな戦略で新薬開発をめざしている.ところでユニークというのはオリジナリティが高く唯一無二という意味だが,その一方で他の誰もやらないということはうまくいかないということと紙一重でもある.研究でもビジネスでもよく「他人のやらないことをやれ」といわれるが,バイオベンチャーも,実際にそういったリスクを勇気と信念と努力で乗り越えていく必要がある.そして大手と違って,スタートアップでの1つのプロジェクトの成否は即会社の死活問題なのである.ちょっと脱線したが,ともかくこの日は採用担当のディレクターと1時間ほど会って会社の概要を説明してもらう.興味がある旨伝え,翌週にフルインタビューを設定することになった.

この日はまた,元同僚を通じてレジュメを送ったSouth San FranciscoE社から電子メールでコンタクト.その後電話で,インタビューをやはり翌週に設定.

現在の職場での雇用延長はとりあえず3カ月程度を目処に調整が進む.社外パートナーが関係しており,さらに細かい詰めを行っている.

 

17日 フルインタビューその1

前の週に面接アポを取ってあった,これもSouth San FranciscoC社で初のフルインタビュー.ここはすでに株式上場されている会社で社員も数百名いて,大手製薬会社との提携にも成功している.すべてが拡張中で,ダウンサイジングにより空になった隣にある別の製薬会社のビルをも飲み込もうという勢いだった.シリコンバレーは,こういった変化がダイナミックだ.インタビュースケジュールも盛りだくさんで,本当に朝9時から夕方5時までとなった.その後,この不況下にしては珍しくディナーまで用意されていたので結構脈ありかもと期待したが,結局この会社からはオファーをもらえなかった.

 

21日 フルインタビューその2

2社目のインタビューは前記のE社.4日前に行ったC社から目と鼻の先の場所にある.ここは株式未公開の会社だが,社員は150名ほどと結構大きい.設立から5年ほどだがすでに臨床開発化合物もあり,なかなか魅力的である.

同日,日本人の知人を通じて紹介していただいたF社から電話でコンタクト.この会社があるEmeryvilleという町は,イーストベイとよばれるサンフランシスコの対岸にあり,私の住むSunnyvaleからはかなり遠い.しかしながら新しい切り口で新薬の開発に挑んでおり,会社の研究戦略には興味が持たれる.

 

23日 フルインタビューその3

先日予備面接に行ったD社で,改めてフルインタビュー.CEOにも会い,hiring manager共々かなりの熱意を感じる.臨床医でもあるCEOとの面談では,この会社がいかに人類の将来を担っているかといった壮大な話をされた.あなたも私も目標は金儲けでも会社の成功でもない,真に有用な新薬を創生することだといった内容で,やはりCEOというのは話がうまくて説得上手でないといけないのだなあと感心してしまった.創薬のアプローチは確かに独特なのだが,現在の方針そのままで本当に最後まで行けるのかとなると,正直言ってちょっと疑問も感じる.この会社で一時期働いたことがある元同僚から,資金が底をつきかけているという情報をもらっていたのでその点を聞くと,確かにそうだとの答.しかし近日中に新たな資金調達が予定されているので大丈夫とのこと.そしてオファーをくれそうな雰囲気だ.

ところでこの会社,建物は別の会社から借りているのだが,その中にあるカフェテリアに驚いた.スタートアップのベンチャーでは,社内にカフェテリアがあること自体珍しいのだが,そこは天窓から光が降り注ぎ,岩や植物がたくさん置かれ,それらの間を小川が流れているのである.まるでどこかのテーマパークのようだった.

  

24日 初のオファー

早速昨日のD社から,電話で口頭のオファー.初のオファーなのでやはり嬉しい.もちろん紹介してくれた人とリファレンスをお願いした人たちの口添えがあってのことだが,曲がりなりにも英語でセミナーをし,インタビューを受けて,複数の候補者の中から選ばれたのだ.何とかなるものである.給料などの条件も悪くないのだがここは慎重に,会社の資金面の問題が解決してから決めたいことと他の会社の結果も待ちたいということを伝え,とりあえずしばらく回答を待ってもらう.すでにインタビューに行ったC社とE社に,別の会社からオファーを受けた旨伝える.そういう場合は知らせるようにと言われていたからだ.

 

29日 説得工作その1

DCEOと再度電話で会談.会社の財務見通しについてくり返し説明される.資金面だけが心配なのかと言うのでそうですと答えておく.それならば心配ないというのだが,最初は2,3日後にははっきりするといい,今度は来週中には決まるといった具合で少々心もとない.採用への焦りから出ているようにも聞こえるので,とにかくここは証拠を見るまでは返事を保留しようと決める.向こうも待ってくれるようだ.

 

30日 本命からのコンタクト

夜になって最初にレジュメを送付したPalo AltoA社から,1カ月近く経ってようやく電話でコンタクト.ウェブサイトから求人広告が消えていたのであきらめていたのだが,今までに面接したcandidateが今ひとつだったのだろうか.とにかく可能性が出てきた! 翌日はすでにF社での面接アポが入っているので,翌々日に予備面接に行くことにする.

 

31日 フルインタビューその4

EmeryvilleF社でインタビュー.ここは本当にスタートアップで,社員はまだ20名前後.実験室などの設備もセットアップ中だが,Pfizer社から移って来たというメディシナルケミストが,見事なラボシステムを構築している.Pfizer社に行かなくてもそのやり方の一面を知ることができ,変な話だがこういうものを見るだけでもインタビューに行った甲斐があると言うものだ.当面の資金は十分あり,皆やる気に満ちている.研究,事業戦略も期待できる.自宅からかなり遠いのがちょっと問題ではある.

東京都心ほどではないにせよ,ベイエリアは交通渋滞がかなり激しい.通勤にはほとんどの場合車が使われるのだが,特にサンフランシスコ湾を越えて反対側に通勤する場合はどこかで橋を渡らなければならず,これがネックになる.もちろんオファーをもらってから悩めばいいことではあるのだが.

CEOとの面接では,「あなたの同僚や友人が今ここにいたら,あなたのことをどのように言いますか?」ときた.よくある質問なのだが,なかなか難しい.他には「自分の上司には,自分に対してどういうことを望みますか?」,「あなたの典型的な1日の過ごし方は?」など.

 

32

A社で予備面接.Hiring managerであるDiscovery Research担当のVPvice president)他2名と会う.ここは先のF社以前の段階.現在社員は11名.しかも何名かはパートタイム.会社ができてからまだ1年余り,ラボとオフィスからなる現在の建物を確保したのが半年前で,建物内にはまだ空室も多い.大学発の知見に基づいて新しいタイプの抗菌剤の開発をめざす会社であり,自分自身はこれまで抗菌剤に直接かかわった経験はないものの,かなり魅力的に思えた.研究テーマが変わろうとも,メディシナルケミストが行うことは基本的に同じなのだ.何よりも現在求めている人材の経験や技術が,私のそれらとよく一致する.資金面でも,このステージにしてはかなり恵まれた状況にある.近日中にフルインタビューをすることになった.

E社からメール連絡.まだ他のcandidateのインタビューを継続中とのことで,要するに私へのオファーはなし.この会社はその後2カ月以上,同じポジションの求人広告を出し続けていた.

 

38日 説得工作その

返事を保留中のD社.今度はCFOChief Financial Officer)から電話.こちらが驚くほど熱心な説得工作である.新たな資金の獲得状況について説明を受けるが,入金はまだである.とにかく実際に入金されるまで待ちたい旨返事.こちらとしては時間稼ぎでもある.

 

43

現在の職場での雇用終了日が,とりあえず2カ月後に決定.次の就職先からもっと早く来て欲しいと言われる可能性もあるので,雇用終了日は場合によって前倒しできるように,契約書を変更してもらう.次の仕事が決まっているのならさっさと辞めて移ればいいではないかと思われるだろうが,実はそう単純な話ではないのである.従業員の側からもっと早く解雇してくれというのも変な話だが,それには残念ながらここに書くことができない理由があるのだ.ともかく自分に都合がよくなることは自分で主張しなければ得られないし,アメリカではそれがフェアーな要求ならば,主張しさえすれば得られたりもするのである.

 

44日 説得工作その3

例のD社からはここまでの間,ほぼ毎日のように人事担当者からメールや電話が来る.そして今度は,資金調達を担当する法律事務所の担当弁護士との面会までセッティングしてきた.なぜそこまで? と思うのだが,せっかくなので事務所に出向いてファイナンシングに関する詳細な資料を見せてもらう.この事務所はシリコンバレーでもかなりの大手で信用できるところである.さすがにここまで見れば信用せざるを得ないが,翌週の火曜日にD社への送金が完了する予定なので,確認次第再度連絡をくれると言う.その後D社に電話し,翌週水曜日には返事をする旨告げる.明日予定されているA社のインタビューで何とかオファーを得たいところだ.

またこの日,最初にレジュメを送付したものの1カ月以上音沙汰なく,忘れかけていたB社から電話でコンタクト.ここは当初,ジェノミックスといわれる遺伝子解析技術を売り物にして成長した会社だが,現在新薬開発に重心を移している.そのために,当初ほとんどいなかったメディシナルケミストを増強すべく,募集しているのである.近いうちに予備面接に行くことでとりあえず合意したが,結局は行かなかった.

 

45日 フルインタビューその5

本命のA社でインタビュー.インタビューに伴うセミナーももう5回目になるので,だいぶ慣れてきた.今までの4回を練習と考えて,ここはばっちり決めたいところだ.機密保持契約にサインした上で,個々の面談では研究開発の現状と問題点について詳しく開示され,あなたならどうするといった形で意見を求められた.このサインはどこへ行ってもするのだが,普通は偶然目にした内部情報を口外しないという目的であって,実際に機密事項を詳しく開示されたのは初めてである.採用を前提にして話をしているようにも感じられる.当然私が試されているわけなので,それなりに的を得たことを言わなければならない.いくつか質問をしつつ一通り意見を述べて,相手の表情を見ると一応満足しているようである.何となくうまくいきそうな感触.D社をずっと待たせているので,来週前半までに連絡をもらえるようお願いする.

 

47日 本命からのオファー!

土曜日の夕刻になって,A社のhiring managerから自宅に電話.来週オファーレターを送付したいとのこと.YES!!! 今回は予想通りだ.しかしながら提示給与額が期待したよりもかなり低い.これから交渉が必要である.

 

50

D社の弁護士から,予定通り会社の銀行口座に入金された旨連絡あり.その後D社の採用責任者と人事担当者から電話で催促.明日もう1社からオファーレターが届くので,それを見たうえで返答したいとお願いする.いい加減愛想をつかされてもおかしくないと思うが,あと1日待ってくれるとのこと.

 

51日 オファーをアクセプト

A社からオファーレターが届く.ようやく2つのオファーを手に入れた.2つあればそれなりの交渉が可能である.活動開始51日目にしてようやくここまでたどり着いたという感じだ.早速人事担当者と電話で交渉.ちなみにこの人事担当者はA社の正社員ではなく,パートタイムの人事コンサルタントである.スタートアップ企業では何もかも社内に揃えるわけにいかないので,人事まで含めた間接部門の多くを,適宜外注しながら進めていくのだ.結局自分が納得できる額まで基本給与を引き上げてもらえたので,予定通りオファーを受けることにする.この時点でさんざん待たせたD社にできる限り丁寧な断りのメールを出す.向こうもある程度予想はしていただろうが,さすがに電話では言いにくい.

A社とは,Anacor Pharmaceuticalsという会社である.シリコンバレーでさえまだほとんど知られていない会社なので,日本で社名を聞いたことのある方はほとんどいないだろう.数年後に乞うご期待といったところだ.

しかしここで,いつからこの会社で働くかが問題となる.当初はできるだけ早くということだったが,実はその時点で,雇用を通じてのグリーンカード(永住権)申請が微妙な時期にあった.さらには現在の雇用を当初の見込みからさらに延長できそうになってきたためだ.というよりもむしろ,やっぱりもっと長くいませんかという状況になってきた.しかしながら私自身の気持ちはある程度新しい会社に飛んでいる.ただしこの段階で,イミグレーションすなわちグリーンカードの取得は仕事と同様に重要である.そしてこれがまたかなり複雑な問題なのである.この後,それぞれの会社の要求と私自身の希望を勘案し,移民法担当の顧問弁護士にも相談しながら戦略を練ることになる.

 

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