シリコンバレー転職騒動

Vol. 2 転職の一般的手順 (Bioベンチャー 3-4月号掲載)

 

第2日

レイオフ発表に続いて翌日の午前中に,対象者全員を集めて会社の人事担当から解雇手続きの説明があった.具体的には最後の給料の支払いや各種手続き,医療保険,401kプランやストックオプションの扱いなどである.また非移民ビザ社員(永住権も市民権もない人)には,顧問弁護士によるコンサルティングも提供された.私の場合,これも非常に重要だった.

昼過ぎに解散となった後,レイオフ対象者はもう働く必要はないのだが,私にはまだ会社から依頼されている仕事があり,そのまま留まる.解雇するといいながら,“でもこれだけは終わらせてから出て行ってね”というケースもあるのである.ビザの都合もあり再就職活動を急がなければならないのに,他の人にはない仕事があるのは困る.そのあたりを訴えたところ,とりあえず雇用終了日を1週間延期してもらうことができた.よくいわれるようにアメリカは何事も交渉である.あれこれとフレキシブルな対応が期待できるのは特に小さな会社のよい所で,要するに何でもいってみるべきだということだ.そうこうするうちに,結局私の解雇は撤回される事態となったのである.

ところでアメリカの会社のレイオフというと,「あなたは明日から来なくていいです.以上」のような冷たくあっさりとしたものかと思っていた.ところがそうでない場合も多いようで,ジェロン社の場合もレイオフを発表した翌日から,会社は直ちに再就職支援活動を開始した.当初私も対象だったので参加したのだが,この日はまず会社の人事担当者から前述したような説明があり,さらに翌日から2日間は就職斡旋コンサルタント会社によるワークショップが組まれていた.

 

再就職支援ワークショップ

このような仕事を専門にするコンサルタント会社がやって来て,ワークショップが行われた.講師は人事畑で長い経験を有し,その後人事コンサルタントとなった人.世の中の景気が悪くなると商売が繁盛するタイプのビジネスのようだ.ここではまず落ち込んだ気持のフォロー,続いて効果的なレジュメ(resume)の書き方や,面接の心得,給与交渉のノウハウなどをみっちりとレクチャーされた.余談だがその間,会社はランチや飲み物類を用意してくれる.何かというと朝からマフィンやベーグル,コーヒーなどを用意するのはアメリカ社会の慣習であるが,飲食物が豊富にあるというのは人の気持を和らげる効果があるようだ.

とにかくあらゆることが初めての体験で,不安半分,物珍しさ半分である.レクチャーの間中,講師はユーモアを忘れない.参加者はもちろん全員解雇を宣告されたばかりなのだが,直近の不安はとりあえず横へ押しやって前向きに取り組めるようにうまく誘導するものである.このワークショップ,アメリカでの転職経験のない私には非常に役立った.

 

アメリカでの就職活動

バイオ系企業の研究員の,アメリカでの就職の一般的なプロセスは以下のようになる.

会社は必要に応じ,必要なだけの求人をする.新卒を年度始めにまとめて採用するといったやり方はしない.雑誌上やインターネット上の自社や業界情報のサイトに掲示したり,知人を介して紹介を募ったりする.またジョブフェアといって,ホテルなどを会場として求人企業が一堂に会し,就職希望者と一気に面談をするイベントもあるが,この場合双方の数のバランスが重要である.

適当と思われる会社に自分が希望する求人(open position)を見つけたら,適当な経路でカバーレターと共にレジュメを送る.最近はもっぱら電子メールだが,適当な経路というところがミソだ.会社のウェブサイトには大抵応募用のメールアドレスがあるが,いきなりここに出すのはベストな方法ではない.一番いいのはその会社内の人物を探すことだ.自分の知人友人がいればもちろんその人を通じて,いなければ友達の友達・・・という具合にとにかくインサイダーを探して,その人経由で送る.内部からの紹介があるのとないのとでは雲泥の差があるからだ.会社によっては従業員紹介ボーナス制度を設けている場合もある.これはその会社の従業員が就職希望者を会社に紹介して,結果的にその希望者が採用された場合,もともとの紹介者である従業員に臨時ボーナスが出るというもの.それほどまでに個人による紹介が重視されているのだ.

ところでこのレジュメというもの,日本では履歴書に該当するが,中身はかなり異なる.基本的なフォーマットは決まっているものの,自分をアピールする重要な書類なので,各自が自分専用のレジュメを作成するのだ.最近は1つのポジションに100人以上が応募することも珍しくなく,最初にほとんどの希望者がレジュメ選考で落とされるので,アピールできるレジュメを作成することは非常に重要である.

 

レジュメ

アメリカの書店へ行くとレジュメの書き方や実例集みたいなものがたくさん売られていて,業種によってさまざまなスタイルがあることがわかる.日本からでもインターネットでちょっと検索すれば山のような情報が得られるので,書式についてここでは触れない.

重要な点として,細かい内容は応募する会社に応じ,求められている条件にできるだけ合致するようアレンジすることがある.事実を捻じ曲げるという意味ではない.ある項目を加えたり除いたり,表現を変えたりして,会社ごと,ポジションごとに最適化したレジュメを作成するのが望ましい.またレジュメの文体は独特で,通常主語は省き,動詞の過去形で始める.例えば職務経験の項目では,Conducted ABC research. ABC研究を遂行)といった具合なのだが,さらにここで好ましい動詞と好ましくない動詞というものがある.好ましい動詞とはaction verbsとよばれるもので,より能動的,積極的,かつ具体的な関与を示すものである.例えば,helpedではなくassistedsuggestedではなくadvisedconsulted,またexaminedsearchedではなくinvestigatedといった具合である.

そして仕事の達成度を示すのに,実績を可能な限り数値的に定量化することが望ましい.例えば1年で売上を50%増加させた,3年間に5件の新規企画を通した,10件の新規顧客を開拓したといった具合だ.ただしこれが研究職の場合になると,成果を数値で表わすのは結構難しい.それでもできるだけ客観的,具体的な表現を心掛ける必要がある.レジュメの読者はあなたを全く知らないのである.

さらにこれら以前の問題として重要なのが,キャリアの一貫性である.あなたのこれまでの経歴に,他人が見て納得する一本の筋が通っているかどうかということだ.学校で何を学び,社会でどういう仕事をし,そのうえでこれから何をしたいのかということが,リーズナブルな実績と共に記されていれば理想的である.そんなこといわれても・・・といいたくなるが,要は「これしかない」ではなく「これだけある」といい張るのだ.実際の経歴がどれだけ成り行きまかせだったとしても,あたかも意図して歩んできたかのような顔をしていればそれでいいのである.

 

面接

めでたく書類選考を通過すると,次は面接(interview)である.通常は1日がかりの面接1回で済ませるが,予備面接を行う場合もある.入社希望者は候補者(candidate)とよばれ,Ph.D.研究員の場合は1時間程度のセミナーもする.それまで自分がどのような仕事をしてきたかを,支障のない範囲で紹介するのである.したがって論文発表などをたくさんしていると,話すネタに事欠かないので有利だ.そして,自分が採用された場合に所属するグループの人たちほぼ全員と1人ずつ,または数人のグループで,順番に面談する.1回の時間は3045分程度で,質問を受けたり,こちらからその会社のことを聞いたり,あるいは単に雑談になる場合もあるが,その過程でこの人と一緒に仕事がしたいか,あるいはこの会社で働いてみたいか考えるのだ.小さな会社の場合はCEOVPvice president:副社長)と会う場合も多い.いきなり希望する給料を聞かれることもあるし,こちらから会社のこと,例えばどれくらい資金があるかなどを聞くことも可能だ.人事担当者とも会って会社の福利厚生について説明を受けるが,会社がスタート間もなくて専任の担当者がいない場合は,このステップがないこともある.

これらを全部やると,ほぼ1日がかりに近いコースになる.途中のランチも面接の一部で,数人の社員とともにとる.候補者側としてはほぼ1日中しゃべり続けで非常に消耗するが,会社の方もかなりの人と時間を割くことになるので,面接をする候補者は厳選しなければならない.終わると採用責任者が全員の意見を求めたうえで,採否を判断する.実際に全員の意見がどれだけ反映されるかは基本的に責任者の一存である.

ちなみにその後実際に5社ほど面接に行ったなかで私が最も多く聞かれた質問は,「何があなたをアメリカに来させたのか?」だったと思う.シリコンバレーのバイオベンチャーで働く海外出身者の大半は大学,大学院,またはポスドク時代からアメリカに滞在しており,そのままこちらで就職している.したがって学歴は2つ以上の国にまたがることが多いが,職歴が国をまたぐケースはあまり多くない.そのためなのか,あるいは単に日本人が珍しいからなのかはわからないけれど.

不況下ではどうしても候補者の立場が弱くなりがちだが,面接はあくまで対等である.採用側はその人を評価し,候補者は会社を評価する.何人もの偉そうな人たちが威圧感をもって並ぶ前に1人座らされて,意地悪な質問に冷や汗をかかされるといったタイプの面接はない.できるだけ相手をリラックスさせて,フランクに話せるようにもっていくのが原則だ.

 

リファレンス

ときには面接の前,通常は面接の後,いずれにせよオファーを出す前に,採用する側はリファレンス(reference)による裏づけを取る.その候補者をよく知る人2,3名から,人となりを確認するのである.電話か電子メールで行われる.したがって面接の際,候補者は自分のリファレンスとなってくれる数名のリストを提出することを求められる.過去の上司,指導教官などになる場合が多いが,別に同僚でもよい.とにかく自分のことをよくいってくれる人である必要があり,当人にも前もって了解を得ておく.そういうシステムがあるので,転職を検討している場合はいかに秘密に進めていようとも,少なくともリファレンスとなることを依頼する数名には打ち明けなければならない.このシステムが日本でもあるのかどうかは知らないが,個人のネットワークを重視し,個人の意向を尊重するアメリカらしいやり方ではないかと思う.

 

オファーと交渉

めでたく採用が決まると,まず口頭(電話)でオファーをもらう.肩書き(title),給料,そしてストックオプションの株数などである.いくつかの条件に関しては交渉の余地を残しつつも,基本的にそのオファーを受けたい場合は,その旨伝えてオファーレターを送付してもらう.他に結果を待っている会社があるときにはここで保留することも可能だ.

レターを受け取った時点から,ある程度の条件の交渉が可能である.昨今の不況下では,会社側はここまで最良と思われる候補者を選んで選んで選び抜いているのである.断られても次の候補者がいるとはいえ,できればその人を採りたいというところまで来ているので,限度はあるにせよこちらの希望が通る可能性があるのだ.この段階まで来て,ようやく候補者側のパワーが増大するのである.そしてアメリカの場合,自分に有利にしたいことは自分からいわなければ何も起こらない.よほどのことがない限り最初の条件は低めに設定されるようなので,自分に他社からのオファーといった切り札があれば給料の増額などは通る可能性が高い.もちろん肩書きごとに上限はあるけれど.一般的な日本人気質としてはなかなか強気に出られず,思い切った要求をするのはためらわれるが,基本的に希望することは何でも言ってみるべきである.結果的に今回の私の場合は給料の増額以外に,永住権の申請関係でフレキシブルに対応してもらい,さらにパーソナルビジネスとしての他社へのコンサルティングについて事前に認めてもらった.

始める前からサイドビジネスなどいい出すと,その会社に全力を尽くす気がないと思われて悪い印象を与えるのではないかと思われるかも知れないが,それぞれの会社間で利害の相反がなければ概ね可能である.もちろんフルタイムの本業が最優先ではあるが,個人を重んじるアメリカでは,会社員であっても複数の肩書きをもつことは珍しくない.最終的に自分が納得した時点で,変更点を盛り込んだ新たなオファーレターを作成してもらい,それにサインすればひとまず完了である.

     (第3回「アポ取り作戦とネットワーク」へつづく)

 

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